許す=悟る=癒す⑤

2013.11.29(Fri)

ずいぶん長くなってしまったこのシリーズの記事・・・。


やっと記事のタイトルに触れるところまできました。おそっ。


そもそもなぜ、「許す=悟る=癒す」という、なんだか大層なタイトルにしたかというと、


これをある程度理解することが、ここ一カ月ほどの私のミッションだったからです。


このキーワードが守護存在さんたちから宿題として出てきたとき、正直


「悟るなんて、仏陀クラスの人になれっていうこと?無理無理!悟ったらなんか死んじゃいそうだし!」


と思いました。あたりまえですが誰も私に仏陀になれなんて言ってません。完全に自意識過剰です。


でも、「許す=悟る=癒す」っていう言葉が、なんだかものすごいものに思えてしまいまして。


そんなふうにギャーギャー騒いでたら、黒魔女の過去世やら、悟ることを目指していた仏僧だったときの過去世が出てきましてですね。


(ちなみに仏僧だったときは、悟れなくて、神も仏もないと勝手に思い込み、修験の道にまで入ったのですが、最終的に精神を病んでしまい、悟りの境地に達することもなく、山の中で足を滑らして滑落死してました・・・。)


それと同時に母に対する、子どものころからの積もり積もった感情が出たり。


でも、今思うと、これ全部「許す」っていうことがキーワードだったんです。それを理解するために、いろいろ噴出していたわけですね。


とにかく自分を許すこと。


自分を許すことができれば、それが悟ることにつながり、悟ればひとりでに勝手に癒されるというわけです。


それと同時にわかったことは、「人はもともとそれぞれものすごいパワーを持って生まれている」ということです。


私は母にできない子だと言われ続けたから、自分に自信が持てないのだと思ってましたが、それはそもそも間違っているわけです。


だって、人にできないと言われたからって、本当はできなくなんかないんですよ。できるんです。だってもともと、人はそれぞれに持って生まれた使命があって、それをやるための能力はもともとあるのですから。


ただ、自分でできないと錯覚してしまうと、ホントにできなくなってしまうんですよ。


だから、母に言われて私は自分ができない子だと、錯覚していただけのことなんです。ま、言葉を変えて言うと、酔っ払っていてシラフじゃない状態といいますか。


だから、母にせいでできないと思わされているから自分に自信がないというのは違うのです。自分が錯覚しているから、できないと思っているだけのことです。ホントはできるのに。


母だって錯覚してるんですよ。自分はできない人間だと。人間はできないことがたくさんあるのが基本だと思い込んでいるのです。だから私に、お前もできない人間なんだという、間違ったメッセージを送ってしまうんです。母だってずっと錯覚してるだけのことなのです。


母と私のあれこれは、酔っ払い同士がうだうだわけのわからないことをしたり、言い合ったりしてるようなもの。


それがわかれば、なんてことありません。元の自分(シラフ)に戻るだけです。


私はもともとできる。やれる能力は備わっている。でも、できないと思い込んでいた自分を許す。


錯覚していた自分を許す。それだけで「許す=悟る=癒す」の一丁上がりです。


何も仏陀クラスの悟りじゃなくたって、私にとってはこんなポップな感じの悟りでよかったわけです。


「人は誰もがみな、その人のベストを尽くして生きている。だけどみんな自分はできない人間だと思っていて、できない自分が許せなくて苦しんでいる。」

「けど、ホントは誰もがみんな自分の使命を果たすだけの能力を持っていて、錯覚さえしなければすぐに本来のパワフルな自分になれる。錯覚していても目を覚まして、今までの錯覚していた自分を許すだけでいい。」


これこそが、「許す=悟る=癒す」。この一カ月で得た収穫です。


最後まで読んでくださり、ありがとうございました☆









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許す=悟る=癒す④

2013.11.28(Thu)

前回の続きです。


「黒魔女は、説得という方法も選びとれたのではないか?」と、ようやく自分なりに答えが出て、ちょっとすっきりした私。


でも、黒魔女を責めたいわけではないのです。


確かに、黒魔術で道連れに複数の人を殺すということ自体、決してよいことだとは言えません。


だけど、黒魔女は精一杯人生を生きていて、黒魔女なりにベストを尽くして考えたりした結果、黒魔術でテロという方法を選んだのだと思うのです。


それからもう一度黒魔女に会いに行き、私の思いを伝えました。


「私はやっぱり黒魔術で人を殺すという方法については、今後自分があなたと同じような立場に置かれることがあっても、選ばないようにしたいと思っている。だけど、その方法を選んだあなたを責めようとは思わない。だって、そのときあなたにとってはベストの考えだったわけだから。」


「精一杯考えてあなたはそうしたのだから、それをどうこう言う資格は私にはない。だって私だって、今までの人生、よくも悪くも、自分のベストだと思ったことをやってきたのだから。」


そして、説得という方法もあったかもしれないよと伝えると、黒魔女はそれは思いつきもしなかったと言ったのです。


ああ、やっぱり黒魔女は一生懸命だったんだ、ベストの結果が人を殺すだったわけで、これは彼女を責めてもしょうがないと私は思いました。


人はみんな、その人自身のベストを尽くして生きています


どんな状況の人だって、どんなにやる気も気力もないように見える人だって、どんなに愚かなことをやっている人だって、その人なりのベストだと思ったことをやっています。


そういう意味では私だっていっしょです。


だから、私には黒魔女を責めることはできないし、世界中のどんな人だってホントは責めることができないはずなんです。


それがわかると、母を責める気持ちもなくなっていきました。


母は、母なりにベストを尽くして私を育ててくれたのです。


確かに、子どもに「なんでできないの!?」って言い続けることがよいとは思いませんが、母は母なりに一生懸命に私を育てたはずです。


ああ、母も私といっしょでベストを尽くして生きてるんだなーと、ようやくわかりました。


やっと母のことを、許せるようになったのです。


これも黒魔女の壮絶な人生を見ることができたから、気づけたことです。


ありがとう黒魔女!


次回に続きます☆



許す=悟る=癒す③

2013.11.25(Mon)




前回の続きです☆


「この違和感はなんなんだろう~。殺すって極端な方法じゃないの。うーん、うーん。」とあやしく、ぶつぶつひとりごとを言いながら考えていた私。


でもきちんと答えは用意されているものです。そしてそれは自分の想像しないところに。


私は読書が趣味なので、スピリチュアル系以外の本も読むのですが、そのときはちょうど「ホンマでっか!?TV」でおなじみの、生物学者の池田清彦先生の「この世はウソでできている」という本を読んでいました。


タイトルからして、刺激的な本です。そこで気になる文章を見つけたのです。それは、


「支配することもされることも同じ」


という一文でした。


支配するのも、支配されるのも同じっていったいどういうことだろう?


またひとりでうなっていたら、、ニンテンドー3DSをやっていたダンナが「なにぶつぶつ言ってるの?」と話しかけてきました。


そこで、スピリチュアルなことに一切興味のないダンナにこの疑問をぶつけてみたのです。支配することと支配されることが同じってどういうことだと思う?と。


そうするとダンナは少し考えた後に、自分なりに感じたことを言ってくれました。


俺が思うに、支配しようとする人ってすごいめんどくさがりなヤツなんだよ。説明しようとすることなんて全然しないし。」





おおっ




わかったー




いいこと言うじゃない!ダンナよ!そう、そうだよ!支配する人もされる人も、共通点は「めんどくさがり屋」だよ!なるほどー


うみこなりの答えなのですが、支配しようとしている人は、自分の考えを説明してわかってもらおうとする行為をすっとばして、強引な方法で自分の意見や考えを通します。それは行くところまで行くと、恐怖政治みたいに、恐怖や暴力で人を押さえつけて、自分の意見や考えを無理に通すことになっていきます。


かたや、支配される人はどうなのかと言うと、この場合は自分で考えることをめんどくさがっているため、声の大きい人ややる気があるように見える人に判断を任せちゃえという心理が働きます。そして自分で考えることをしないため、気づいた時には恐怖や暴力でがんじがらめになって、支配されまくって身動きがとれない状態になってしまいます。


そう考えると、支配する人もされる人も合わせ鏡のような存在同志。似たもの同士なのです。


支配している人だって、支配するされるっていう関係性を肯定しているのだから、自分が支配する立場から陥落しても、疑問に思うことなく支配される側にまわりますよ。だって、支配ということ自体そのものを受け入れてしまっているのですから。


このことがわかると、やはり黒魔女は殺すっていう方法じゃない、別の道だって選びとれたなと、確信することができました。


共同体の多くの人が災害が来ないと信じ込んでいたのは、自分で自分の感覚や頭を頼りにして考えることを他人に任せてしまったからです。みんながみんな絶対に災害が来ないと、信じていたわけではなかったのですから。災害がくるのでは?って思っていた人も少数ですがいたのです。


そして、みんなが災害が来ないとエライ人たちに信じ込まされていたというのであれば、黒魔術ではなく、共同体の人たちが自分で考えることを選ぶようなきっかけになるような、そんな白魔術を勉強して、粘り強く白魔術を使いながら、災害が来るから非難したほうがいい、それがあなたのためになるよと、みんなを説得する道も選びとれたのではないかと思うのです。


説得することは、無理やりいうことを聞いてもらうこととは全く違います。その人が自分でその考えがいいと思ったから賛同しますよというところまで、ダメもとで説明していく行為です。


説得するという行為は、正直言ってものすごいめんどくさいことです。エネルギーもめちゃめちゃいりますし、ハートの強さも必要です。でも、支配というものから逃れるためには、これしかないのだと思います。


そういう意味ではやはり、黒魔女もめんどくさがってしまったのかな、だから殺してしまったのかなと思いました。


というわけで、今日の書は「説得」という文字を選びました。


まさかダンナによって答えがもたらされるとは・・・・。


どこからどんなギフトが降ってくるかわからないものですね!



次回に続きます☆


許す=悟る=癒す②

2013.11.21(Thu)

前回の続きです。


黒魔女に急に斬りかかられた私。


「この世界で斬られたら、私はどうなっちゃうんだ?」と、ちょっとポイントのずれたことを考えていたら、インナーセルフさんが助けてくれました。危機一髪です。


そして、黒魔女VSインナーセルフの戦いが始まったのです!


ふたりとも目にも止まらぬ速さで、斬る→防御の繰り返しで、まるでアクション映画の決闘を見ているかのようです。


そうか、こうなることがわかっていたから、インナーさんは武装していたのね!とやっと気がつきました。


と、目の前でものすごい戦いが繰り広げられている中、はっと我に返る私。


「そうだ。とりあえず戦いを止めなきゃ。でもどうやって止めるのさ?どうしよう。」


と、途方に暮れていたら、私の守護存在さんのひとりであるソフィアが現れました。


そしてソフィアが、戦っている二人を白い大きな光で包むと、黒魔女が正気を取り戻したらしく、2人の戦いが終わりました。


おおっ!とりあえずよかった!ありがとうソフィア!


インナーセルフさんも守ってくれてありがとう。でももう大丈夫だからとインナーさんに伝え、私は黒魔女に近寄ってみました。


そうしたら、涙を浮かべた顔で思いっきりにらみつけられて、「お前に何がわかる!」って言われてしまいました。


そうだよねー。そう思うよねー。だって私、あなたのことあまりわからないし、あなた自身じゃないしね。


それから、くるっと背中を向けてこっちを見てくれません。


やっぱり、私もなんて言葉をかけていいのかわかりません。辛くて大変な思いもしたのでしょうし、簡単に言葉をかけても悪いような気がしまして。


でも、なんだか違和感を感じたのです。

このまま、誰も自分のことをわかってくれないって言って、自分の殻に閉じこもって、こんな草木も一本も生えないような暗い荒野で、恨みやらつらみやらでいっぱいになったままでいいのかと。


本当に黒魔女だけが大変だったのか?他にもいろんな人が大変だったんじゃないのか?辛くて大変な一生を送ったからって、それですべてが許されるのか?人を殺していいのか?


違和感を抱えたまま私は「また会いに来るね」と一言黒魔女に伝え、インナーさんと元の世界に戻りました。


それからこの違和感はどうしてだろう?と内観しつつも、答えが見つかりません。


黒魔女の両親は、ある共同体のエライ人たちに、近いうちに災害が起こるはずなので、そのことを共同体の構成員に伝えるべきだと主張していたのですが、その人たちは災害なんて絶対に起こらないと譲らず、共同体の構成員にそのことを伝えることもなく、黒魔女の両親を殺してしまいました。


そのことを知った黒魔女は復讐するために、黒魔法を勉強し始めます。もともとは黒魔女ではなく、白魔女だったのです。


両親を殺されただけではなく、共同体の人たちも、災害など絶対に起こらないと、偉い人たちが言っているので、信じ込んでいたのです。


黒魔女は両親を失っただけでなく、このままだと共同体の人たちも、災害によって死んでしまうと思い、災害が来ないと共同体の人たちを信じ込ませている、エライ人たち(黒魔女の両親を殺した人達)を、殺すしかないと思い込んでしまいます。


エライ人たちがいなくなれば、みんな目が覚めるんじゃないか、だからやっぱり殺したほうがいい。


そして、自らが強力な黒魔法の生贄になることによって、エライ人たちを道連れに殺してしまったのです。


黒魔女が自らを犠牲にして、エライ人たちを道連れにしましたが、黒魔女の死後すぐに災害は来てしまい、たくさんの人たちが亡くなってしまいました。


彼女が自爆テロまでしても、共同体の人を助けることはできなかったのです。


悲しい話です。


でも、やっぱり違和感が拭えない!と思った私。考え続けたり続けなかったりした数日後、意外なところからこの違和感の答えがふってきました。


長くなりますので次回に続きます☆

許す=悟る=癒す①

2013.11.19(Tue)

こんにちは!残すところ今年もあと一カ月ちょっとですね。時の流れが瞬速に感じるきょうこのごろです。


そんなわたくし、ここのところ1カ月間、イベント「白魔女のお茶会」の悪天候による中止からはじまった、自分のネガティブ大リリース月間がようやく終わり、ちょっとほっとしているところです。


イベントが中止になった原因を見つめたところから、いろいろなネガティブが浮き上がってまいりまして。


イベントが中止になったのは、おそらく私が自分のことを信用していなかったから。つまり、時期早生だったということです。


イベントというのは生き物みたいなものですから、基本的に何が起こるかというのはわからないわけです。
つつがなく平和に終わる場合もあれば、ものすごく楽しい素晴らしすぎる場になるときもあれば、ちょっと歯車が狂って微妙な雰囲気になって、そこから場が崩れてしまう場合もあります。


ただ、そこで必要なのは「何が起こっても自分で対処できる。大丈夫。」と思えることです。そう思えているなら、何が起きてもたいていのことは対処できるはずです。その場合、ちょっと微妙な雰囲気になったとしても、きちんと軌道修正ができるのです。


そもそもそういうふうに思えていない自分が、イベントをやること自体、来てくださる方に大変失礼なわけで、申込みしてくださった皆様には大変申し訳なかったなーと猛省しております・・・。


お茶会が中止にならなければ、このことにはなかなか気づけなかったかもしれません。


そして「自分はとにかく自分を信頼していない。」と気づいたところから「待ってました!」とばかりに、いろんなネガティブが噴出&サードアイ活性化計画がスタート。


この一カ月間とにかく一貫していたテーマは「許す」ということ。


まずは、自分のサイキック能力をちゃんとうまく使うこと。私、自分のサイキック能力関係については、今までずっと見て見ぬふりをしてきていたのです。


でも、これからヒーラーとして活動していくには、うまく使っていくことが欠かせません。


いったいなぜ、私はサイキック能力そのものを意識したくないのか。


そう考えて、自分でメロディクリスタルヒーリングで過去世を見てみたところ、黒魔女の過去世がでてきたのです。


正直「あー、やっぱりなー。」と思いましたね。


ネガティブな方向に力を使ったからこそ、あまり意識したくないし、見つめたくないのだと。


黒魔女のときは、ある人たちに両親を殺され、仇をとるためにで両親を殺した人たちを、自らが黒魔法の生贄になりながらも道連れにして殺している。


そんなビジョンが見えました。おおざっぱに言ってしまうと「自爆テロ」をするために黒魔法を使ったわけです。

壮絶!


とにかく今世でサイキック能力を使っていくためには、この過去世と折り合いをつけなくては前に勧めません。


まずはメロディクリスタルヒーリングのセルフリミティングビリーフで、この制限をとるワークをして、サイキック能力を使わないのではなく、選択次第で使うことのできる状態にしました。


けど、「黒魔法で自爆テロ」の過去世をどうやって受け入れたらいいのかがわかりませんでした。


「今世で黒魔法を使うつもりはもちろんないけど、ホントに絶対に何が起きても使わないなんて、自分は言い切れるのか?」


「人を殺すことはよいことではないけど、両親を殺されているのだから殺したいと思うのはわかる。でもどうして殺してしまったのだろうか?」


「そもそも生ぬるく生きている私に、黒魔女にあれこれ言う資格はあるのか?」


と葛藤する日々が数日続きました。


そして意を決して、黒魔女にもう一度会いに行くことにしました。


黒魔女に会うために黒魔女に意識を合わせようとすると、私のインナーセルフが出てきました。


あら、どうしたのかななんて思ってたら、インナーさんはいつもと恰好がちがっていてですね。


鎧と兜をつけて、剣をもっているのです。


おっ?なんか戦う恰好だけど、どうしたのかしら?まあいいかなんて思って、インナーさんといっしょに黒魔女に会いに行ったらですね、黒魔女が草木も一本も生えない、荒れ果てた荒野にひとり立っているのです。


ていうかこの場所、超暗い!と思って、黒魔女に近づいたら、うみこ、振り返った黒魔女にいきなり斬りかかられました!マジか!


長くなりますので次回に続きます☆








コミカル♪

2013.11.14(Thu)

最近ドッグランデビューをした、我が家の愛犬うみたろ。
              ↓



このときは黒い柴犬さんにたくさん遊んでもらいました。


ドッグランでいろんなワンちゃん達と遊んでもらい、自分の限界を超えて走りまくるため、ドッグランで遊んだ2日もしくは3日後に、疲れが出て嘔吐するというパターンを繰り返しています。


毎週毎週、よく吐くね!


そんな調子でドッグランを満喫しまくっているうみたろ。飼い主であるうみこ&ダンナも、うみたろの成長を見られるので楽しいのですが、ドッグランに通っていて私たちははたと気が付いたのです。


うみたろって、見た目がものすごくコミカルなのではないかと。


ドッグランにくるワンちゃんたちは、血統書がついている子たちばかりなので、みんなかわいかったり、かっこよかったりなのです。


そんななか、うみたろのコミカル感はいっそう際立つのです。


例えるなら他のワンちゃんたちは劇画で、うみたろはマンガみたいな。


劇画のなかにひとり4コマ漫画みたいなキャラがまぎれている状態です。


ということで、我が家ではうみたろのあだ名が「コミカル」になりました。


どういうときに「コミカル」と呼ぶかというと、私とダンナで石原軍団ごっこをするときです。


石原軍団ー。それは、昭和の大スター、石原裕次郎がつくったプロダクション、石原プロ。その石原プロに所属する俳優さんたちを石原軍団と呼びます。


そして石原軍団といえば、「太陽にほえろ!」と「西部警察」!


この2つのドラマの特徴のひとつは、あだ名でお互いを呼び合うことです。


特に太陽にほえろ!での松田優作の「ジーパン」、竜雷太の「ゴリさん」などが有名です。


最近のダンナのお気に入りは、ダンナが石原裕次郎(ボス)気取りで、うみたろ(コミカル)に


「コミカル、殺しだ。出動だ。」とのたまうこと。


言われたコミカルは、


「・・・・・・」


あたりまえです。


うみこ的にはそのくだりがツボで、ひとりでゲラゲラ笑っています。


どうでもいい話ですね・・・・。













うみこの書2

2013.11.11(Mon)




前回、母とのいざこざをブログに書きましたが、もう最近は自分の子ども時代の怒りやら悲しみやらが噴出しております!


今までは「うちの母は子どもみたいな人だからしょうがないじゃん。」の一言で済ませてきていたのですが、ここにきて子どものころの自分が、「でも、腹が立つし悲しいよ!」と言っているわけです。


基本的には全ての物事にはいいも悪いもないわけで、意味づけしているのは自分なんですよね。


だから、確かに母との関係性は私にとってよいことばかりではなかったけれど、そう思うのは私の主観なわけで、本当はいいも悪いもないわけです。


だってすべての物事は「中立」ですものね。


と、頭ではそう思っているのですが、感情面ではなかなかそうはいかず・・・・。


私はとにかく子どものころから、母の持っている価値観に全く共感できなかったんです。


あれは私が幼稚園年長のとき、その年の春に小学校入学を控えた私に、母は私に一生懸命私の名前を書かせようと躍起になっていて、毎日自分の名前を書かされるという苦行をやらされていました。


それでも私は自分の名前が書けなかったのです。そうして、ものすごい母は怒るわけです。「どうしてこんなこともできないの?なんで書けないの?」と。


正直そんなこと、私が聞きたいくらいでした。幼稚園児にそんなことわかるわけありません。


そして、自分の名前を書けないまま小学校に入学しました。そして私がどうなったかいうと・・・・。







なんの苦労もなく、学校の授業ですぐに字が書けるようになったのです。




これ、いったいなんなんでしょうねー。自分でも不思議なのですが二つだけ確実なのは、私は自分がやりたいと思わないとやらない人間だということと、人にあれこれ言われてやらされることが大嫌いだということです。


でも、母は私とはタイプが違っていて人に言われてやるタイプの人なので、心配しているからこそということもあるのでしょうが、あれこれ余計なことをやらせようとし、そしてできないと「なんでできないの?」というわけです。


今ならはっきり答えられます。「できないというより、やりたくないんだよ。」と。


もう本当にタイプ的に正反対なので、お互いがお互いのことを理解できなかったのですね。こんなに違うのだから、それぞれお互いの違いを受け入れて尊重して許すというのが、おそらく親子になった学びの一つなのでしょう。


しかし、私のインナーチャイルドは母の「なんでこんなことができないの?」攻撃にだいぶやられてしまっており、解放するにはまだちょっと時間がかかりそうです。


以前に母にこのことを言ったことがありまして、そうしたらこういう発言をした自体覚えていませんでした。「あらー、ごめんねー。」って感じでした!軽い!この温度差たるや!


ホント、子どもみたいな人なので、すぐ怒ってすぐにひどいことを言って、人にやつあたりして、そしてすぐに忘れるっていう・・・・。


私のインナーチャイルドさんや、こんな子どもみたいな人の言うこと、あまり真に受けなくてもいいと思うよ・・・。あの人、気分でものを言っているだけなんだから・・・。


「嫌なこと言われたら、父方のおばあちゃんのところに逃げちゃえばいいんだよ!」と、インナーチャイルドに行ったら、「そうする!」と笑顔になったので、ちょっとよかったなーと思う、今日このごろでした。

もう子どもではない

2013.11.08(Fri)


最近、母との関係性を見直すちょっとした出来事がありまして。


きっかけは母とのくだらない口論でした。我が実家は家族だけで会社をやっている、個人事業主の家なのですが、うちの母はそこで主婦兼たまに会社の手伝いというポジションで、ほぼ専業主婦的な生活をしています。


その母が電話でワイドショーで取り上げられている山本太郎氏のことについて、いきなり猛然と話をしだして、山本太郎氏のバッシング的な話をはじめたのです。


最初は私もうんうんと聞いていたのですが、途中からものすごく腹が立ってきましてですね。私は別に山本太郎氏のことをなんとも思ってない、特に興味を持っていない人間なので、彼を擁護したくて腹を立てたわけではないんです。(メロリンキュー時代の彼には興味深々でしたが)


正直言って私にとっては興味のない話なうえに、よくわからない悪口を聞かされることが不愉快に感じまして、猛然と母に対して怒りがこみ上げてきました。


そうです。山本太郎氏の話はきっかけでしかなく、今までの母と私の間にあった関係性についてものすごく怒りがこみ上げたのです。


それは私が子どものころからずっと続いていた、「私がいつも母の話を最後まで聞いてあげる」という行為そのものについての怒りでした。


そして私の記憶の中には、無条件に自分の話を最後まで母に聞いてもらったという記憶は一度もありません。ホントはあるのに、あまりに回数が少なくて覚えていないだけかもしれませんけど。


怒りがこみ上げた時はなんでこんなに腹がたつのかわからなかったのですが、電話を切ってから冷静に考えてみて、なんで私は大人になってまでこんなこと母にしてあげなきゃいけないのか?という思いにようやく気が付いたわけです。34歳の今になってようやくです。


子どものころは、母に愛してほしいですし、正直身もふたもない言い方ですけど、子育て放棄なんてされたらこっちは命に関わってきますから、無意識に必死に喜ばれることをします。


子どものころの私はお母さんに機嫌よくいてほしかったので、とにかく私は母の話をいつもうんうんと、最後まで聞いていたわけです。自分は聞いてもらえませんけどね。


うちの母は、わざと意識的に私の話を聞いていないわけではないのです。おそらく、誰の話に関しても人の話を最後まで聞くのが苦手な人なのです。だから悪気があってやっているわけではないですし、本人は最後まで話を聞いていると思っています。


今まではなんとなくこの関係性を続けてきましたが、もう私は34歳の大人です。別に最後まで母に話を聞いてもらえなくても、ダンナが話を聞いてくれますし、母にいつも機嫌よくいてもらえなくても問題ありません。


そしてもう、自分で自分自身を愛することができるから、母から自分が無理をして愛をもらおうとする必要性もない。いつまでも幻想を追い求めて、自分に無理をさせてもどうしようもない。その関係性からはもはや何も生まれません。


ただ、子どものころから積もり積もったものだったので、あまりに当たり前になっていて、自分がこの関係性に対して嫌気がさしていることに、全然気づけずにいたのでした。


ようやく私も母離れの時期を迎えたのです・・・。34歳になって・・・。おそっ!


私だってもうオバさんなんだから、いつまでもいい子を演じている場合じゃありません。これを機に、もっと正直な自分を出していきたいと思っています☆

ただ愛されるためだけに☆

2013.11.05(Tue)

うみこ家の愛犬うみたろ、現在生後8か月目の、体重は8キロオーバーの男の子です。




うみたろは人が大好き&とにかく穏やかな性格で、怒った顔を見たことがないですし、うなったりして人や犬を威嚇したことも今まで一度もありません。


普段はあまったれなヤツなのですが、実はデカい器の持ち主なのかもしれんと、うみこは最近ひそかに思っておりました。


そんなある日、うみたろをぼーっと見つめていたら、私のサードアイに英国紳士の姿が飛び込んできまして。


なんだこの人と思って見ていたら、どうやらうみたろの過去世の人らしい。


きちんとスーツを着て蝶ネクタイをしていて、なかなかさわやかで背の高い、若い英国紳士。時代的には産業革命以後という感じです。


おお!ていうかうみたろ、おまえ人間やってたことあるのかい!と思って、ちょっと話しかけてみたんですね、その紳士に。


うみこ→「あの、なんで今回は犬として生きることにしたの?」


紳士→「今回はただただ愛されるためだけに生まれ変わったんだよ。」




おおー!


ただただ愛されるためだけに生まれ変わる


斬新だな!




でもよく考えてみると、そのチョイスはものすごく理にかなっているかもしれません。だって、ペットってただただ飼い主が愛したいがためにお世話しますからね。


人間だと、やはり今の世の中ではただただ愛されるというのは難しいかもしれません。どうしても期待されたり、期待に応えようとしたり、そうすることが愛だと勘違いしている節があります。無条件に愛することも、愛されることも、悲しいことに難しくなってしまっていると思うんですよ。


なるほどなーと思った、うみたろ紳士とのやりとりでした!


ダンナにそのことを伝えると「いい気なもんだな!うみたろ!」と、犬のうみたろににやにやしながら悪態をついていました。親ばかです。


しかし、愛されるためだけに我が家に来たのね・・・。うみこ責任重大です!

強化合宿終了!

2013.11.01(Fri)

2週間にわたって繰り広げられていた、守護存在さん&ガイドさんの熱血指導(強化合宿)がようやく落ち着いてきて、平穏な精神状態が戻ってきました!ひゃっほう!


黒魔女時代の過去世もまだ完全には決着をつけていませんが、ちょっと一息つける余裕がでてきたので、ゆっくり向き合っていきたいと思ってます。


別にガイドさんたちは嫌がらせやいじわるなことを言っているわけではなく(あたりまえですが)、私のことを思っているからこそ言っているのはわかるのですが・・・。


なんていうか、言っていることが人間離れしすぎていて、人間100%の私は戸惑うこともしばしばでした。たとえば、


ミカエル→「友情なんて特別にはいらなくない?だってみんなこの世を生きる仲間じゃん。そんなに仲間づくりにこだわる必要なんてないでしょ?」。


うみこ→「いや、そりゃ人類みな兄弟ってよく聞きますけど、人間100%の私には一足飛びにそこの境地には行けないっすよ!無理無理!それ神とかアセンテッドマスターの境地だから!」


またあるときは、


ミカエル→「自信なんてつけようとするものじゃない。自らを100%愛することができれば、おのずと自尊心が生まれるんだから、外部からつけようとする必要なんてない。」


うみこ→「言っている意味はすごくわかるけど・・・。それはまだまだできてないわ。」




と、ミカエルとこんなやりとりをして、頭がいっぱいいっぱいになりながらも、課題図書を読むという作業を同時にこなしていました。


ちなみに課題図書とは、私は本からメッセージを受け取ることが多いタイプなので、ときどき無性に本屋に行かなきゃいけない気がする状態になるのですが、そういうときはガイドさんたちの「これ読んで!」のサインなんです。


それを私は「課題図書」と勝手に読んでいるのです。


そして今回の課題図書は、


ダン・ブラウン著の「ロストシンボル」と、ルーシー・キャンベディッシュ著「レムリア アトランティス アヴァロンへの旅」でした。


「ロストシンボル」のほうは人間の潜在能力と創造主の概念の勉強のため、「レムリア アトランティス アヴァロンへの旅」はアトランティス時代の過去世を癒して解放するため。



そして、毎日眠たくて眠たくて仕方がない!ほぼ毎日時間を見つけては昼寝してましたー。


この強化合宿で何が変わったのかは、これから自分で実感していくんだろうと思います。だって、私まだ何も行動していませんからね!(エラそうに言うことでは全くないですが。)


行動が変わってこそ、自分が変化したということです。思考の変化だけでは、変化したとは言えないと私は思っています。


思考の変化が実際の行動の変化にどう結び付くのか、これからの毎日が自分を使っての実験です☆




プロフィール

うみこ

Author:うみこ
青森県おいらせ町在住の30代主婦。
2013年6月にメロディー♪クリスタルヒーラーレベル1&レベル2修了。
2013年9月23日からクリスタルヒーリングサロン♪水の音色♪をオープン。

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